学校の様子

校区の沿革と地域・学校の特性

八代小学校

 本校は,宮崎市より北西約26Kmに位置し,後川と三名川の間の標高約110mの川上台地の上の旧八代村の中心にあります。

 本校区は、一般に丘陵地を開発した畑作地帯です。綾川より農業用の水を引くようになって、生産性の高い農地に変貌しています。室町時代には、東諸地内の伊東氏の都於郡城を本城とした附城を備え、島津氏に備えたようです。その内の八代城は,他の城の主城となっていたようです。

 明治22年、深年村、八代南俣村、八代北俣村及び伊左生村を村域とする新八代村が誕生し、一村一校の八代小学校が現在の八代中学校の場所に設立されました。その後、昭和24年8月現在地に移転しました。
 昭和26年4月1日、北俣,深年小の両小学校が八代小学校から独立しました。各学校で地域の特色を生かした教育がなされていましたが、児童数が減少し、複式学級での指導を余儀なくされました。
 その後も児童数の減少は続き、平成21年4月1日、再び北俣小、深年小と統合し、全校児童152名で新・八代小がスタートしました。

 令和6年度現在、本校区は26地区あり、PTA戸数は83戸です。東及び南は宮崎市、北は西都市、西は綾町そして山林で小林市(須木)に接しています。
 本校は地域住民のまとまりがよく、特に学校教育に深い関心をもたれ、校区民の学校に対する協力意識が高い学校です。