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昭和前期の梶山小学校

 昭和のはじめから終戦までの20年間は、日本は、「大きな嵐」に巻き込まれたような状況でした。昭和のはじめは世界的な不景気の波が日本に押し寄せました。そして、梶山地区の製糸工場もどんどんなくなり、農民の方々の暮らしも苦しかったようです。

 昭和6年に満州事変が起こり、昭和12年には日華事変、昭和16年には、いよいよ太平洋戦争が始まりました。この戦争は、4年間続いたのでした。

 昭和前期の20数年間は、大正11年の校舎をそのまま使っていたそうです。学校名は、昭和6年に「中原尋常小学校」から「梶山尋常小学校」に変わりました。昭和8年(1933年)に創立60周年を迎え、その時に「校旗」と「校歌」ができました。つまり、現在の校歌は90年間、歌い続けられているというわけです。すごいことですよね。

 この時代、学習する教科は大きくは変わっていませんが、昭和16年には体操に武道が加わりました。「戦争」に勝つための教育の色合いが出てきた時期でもあります。

 さて、急に話を現在に戻しますが、来月10月4日(水)の全校集会で校歌を歌う時間があったら、「この校歌は90年間歌い続けられている校歌である」という事を子供たちに伝えたいと思っています。