若山牧水

若山牧水 1885年(明治18年)に宮崎県東郷町坪谷(現日向市)に生まれる。本名は若山繁。牧水という号の由来は、母親の名前マキと渓や雨を表す水からとった。


延岡高校の前身である旧制延岡中学校第一回卒業生である。
当時の校長(山崎庚午太郎)は、その文才に早くから気づいていたという。
 
旧制延岡中学卒業後、家族が医者になることを望んでいたが、早稲田大学(文科)に入学。
ここで北斗会という文学研究グループに入る。 そして24歳の時に第一歌集「海の声」を発表する。牧水は生涯旅、酒をこよなく愛し、それに関する短歌を数多く遺している。
 
他にも、故郷の城山の鐘や山ざくらなどを詠い、全国に歌碑が200基以上もある。
上記の通り、無類の酒好きだったため、 1928年(昭和3年)9月17日、43歳で肝硬変(急性腸胃炎兼肝臓肝硬変症)のため、その生涯の幕を閉じた。墓碑は静岡県の沼津に立てられている。
 

 
故郷

  • おもいやるかのうす青き峽のくにわれの生まれし朝のさびしさ
  • ふるさとの尾鈴の山のかなしさよ秋も霞のたなびきて居り
  • なつかしき城山の鐘鳴り出でぬ幼かりし日ききしごとくに
  • ふるさとに帰りきたりてまず聞くはかの城山の時告ぐる鐘
  • ふるさとの美々津の川のみなかみにひとりし母の病みたまふとぞ
  • 壷の中にねむれるごときこのふるさとかなしみの壷の透き通れかし
 
 
肉親

  • われを恨み罵りはてに噤みたる母のくちもとにひとつの歯もなき
  • 春あさき田じりに出でて野芹つむ母の姿に安らいのあれ
  • 母をおもへば我が家は玉のごとく冷たし父をおもへば山のごとく温かし
  • 二階の時計したの時計がたかへゆく針の歩みを合わせむと父
  • あなかしこ静けき御魂に触るるごとく父よ御墓にけふも詣で来ぬ
  • 歯を痛み泣けば背負ひてわが母は峽の小川に魚を釣りにき
  • わがそばにこころぬけたるすがたしてとすれば父の来て居ること多し
  • 母が飼ふ秋蚕の匂ひたちまよふ家の片すみに置きぬ机を
  • 一人のわがたらちねの母にきへおのがこころの解けずなりぬる
  • 父の髪母の髪みな白み来ぬ子はまた遠く旅をおもへる
 
山桜

  • うすべにに葉はいちはやく萌えいでて咲かむとすなり山桜花
  • うらうらと照れる光にけぶりあひて咲きしづもれる山ざくら花
  • 瀬々走るやまめうぐひのうろくずの美しき頃の山ざくら花
 
 
 

  • 白鳥はかなしからずやそらのあを海のあをにも染まずただよふ
  • ともすれば君口無しになりたまふ海な眺めそ海にとられむ
  • 山奥にひとり獣の死ぬるよりさびしからず恋の終りは
  • 野のおくの夜の停車場を出でしときつこそ接吻をかはしてかな
  • 山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ唇を君
  • 肌ふれて初めて少女われに添ふこの夜星降れ二月の家に
  • 恋といふうるはしき名にみづからを欺くことにややつかれ来ぬ
 
 

  • けふもまたこころの鉦をうち鳴らしうち鳴らしつつあくがれてゆく
  • いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見むこのさびしさに君は耐ふるや
  • 幾山河越えさりゆかばさびしさの果てなむ国ぞけふも旅ゆく
  • 山ねむる山のふもとに海ねむるかなしき春の国を旅ゆく
  • 吾木香すすきかるかせ秋草のさびしききはみ君におくらむ
 
青春・恋

  • 白鳥はかなしからずやそらのあを海のあをにも染まずただよふ
  • ともすれば君口無しになりたまふ海な眺めそ海にとられむ
  • 山奥にひとり獣の死ぬるよりさびしからず恋の終りは
  • 野のおくの夜の停車場を出でしときつこそ接吻をかはしてかな
  • 山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ唇を君
  • 肌ふれて初めて少女われに添ふこの夜星降れ二月の家に
  • 恋といふうるはしき名にみづからを欺くことにややつかれ来ぬ
 
釣り

  • 釣り暮らし帰れば母に叱られき叱られる母に渡しき鮎を
  • 上つ瀬と下つ瀬に居りてをりをりに呼び交しつつ父と釣りにき
  • 幼き日釣りにし鮎のうつり香をいま手のひらに思い出でつも
 
 
宮崎県内

 

  • 秋の蝉うちみだれ鳴く夕山の樹蔭に立てば雲のゆく見ゆ
  • 夕さればいつしか雲はくだりきて峰に寝るなり日向高千穂
  • 檳榔樹の古樹を想へその葉陰海見て石に似る男をも
  • 日向の国都井の岬の青潮の入りゆく端に一人海見る
  • 海よかげれ水平線の黝みより雲よ出で来て海わたれかし
  • 日向の国むら立つ山のひと山に住む母恋し秋晴れの日や
  • 母恋しかかるゆふべのふるさとの桜咲くらむ山の姿よ
  • 山河みな古き陶器のごとくなるこのふるさとの冬を愛せむ
 
 
その他

  • 手を切れ、双脚を切れ、野のつちに投げ棄てておけ、秋と親しまむ
  • くちぎたなく父を罵る今夜の姉もわれゆゑにかとこころ怯ゆる
  • 蝙蝠に似むとわらへばわが暗きかほの蝙蝠に見ゆるゆふぐれ
  • 眼をあげよもの思うふなかれ秋ぞ立ついざみづからを新しくせよ
  • われ歌をうたへり今日も故わかぬかなしみどもにうち追はれつつ