校長室より
上田原 熊野神社上宮③
『断崖絶壁にへばりつくように、古い社殿がひっそりと立つ。「なぜこんな所に」「いったいどうやって」。衝撃的な光景に目を疑わずにはいられない。』 2021年5月15日 宮崎日日新聞の記事の見出しです。
ついに熊野神社上宮の姿が表れました。感動!!
新聞記事では読んでいたのですが。想像以上にすごい場所にありました。岩と岩の間に、ひっそりと古い社殿が立っていました。まさに断崖絶壁に社殿鎮座!!新聞記事によると、いつ頃、誰が建てたのか、はっきり分かっていないようで、謎多き、知る人ぞ知る秘境です。
新聞の写真で見るより、建っている場所が岩場を切り拓いた険しい場所であることが分かります。崖の上からは、滝のように水も流れてきています。なぜ、このような場所に建てたのでしょう?
社殿から下を見ると、急な傾斜になっています。切り立った崖の上に立っています。
社殿の後ろから見るとこんな感じです。岩と岩の間に建築物を建てたと言う印象でした。
社殿の中はこのようになっています。
共に登った探検家(?)の皆さん。ありがとうございました。本当によい経験をさせていただきました。
また、機会あれば行きたいところです。
3年生社会科学習
先日、3年生の子ども達が社会科の調べ学習で校長室に来ました。
「校長先生がよく買い物に行く店はどこですか?」、と質問され、高千穂町内のスーパーの名前を答えたところでした。
せっかく、校長室に来たので記念写真を撮りました。4名の元気な子ども達です。
その後、ちょっとした質問をしてみました。
「実は、校長室には金庫が二つあります。なぜ二つあるのでしょうか。」
子どもたちは元気に手を挙げ、様々なことを考え発表しました。「田原小学校のこれまでの子ども達の記録が入っているから」などなど
田原小の校長室には金庫が二つあります。
実は、もう一つの金庫はもともと田原小にあったものではなく、閉校した五ヶ所小学校から譲り受けたものだそうです。五ヶ所小学校の思いがたくさん詰まった金庫が田原小学校の校長室にはあります。
上田原 熊野神社②
いよいよ熊野神社上宮に向け、山を登ります。最初の坂が急で、心が折れかけましたが、その後の傾斜はそこまでありませんでした。しかし、道ではなく、岩場をひたすら上っていく道でした。
最初はこのような草むらを分け入るように進む道でした。
途中に水の湧き出る、井戸のようなところがありました。
休憩中です。暑い夏の日でしたので、汗だくになりながら登っていきました。
歩いて行ったのは、沢のようなところで、所々水が流れている場所もありました。
雨が降ると、登った道も水が流れるそうです。
後半は岩の側面の様なところを登っていきました.
そして、はしごを登るといよいよ熊野神社上宮です。
この後、とんでもない光景が待っていました。
熊野神社上宮の様子は、来週お知伝えします。
上田原 熊野神社上宮①
このホームページ上でもお知らせしたように、2021年5月15日(土曜日)宮崎日日新聞に熊野神社上宮についての記事が記載されました。「熊野神社上宮(高千穂田原町) 断崖絶壁に社殿鎮座」
かねてより、この場所に行ってみたかったのですが、早速、田原小学校PTA三役の皆様方がセッティングしていただき、熊野神社上宮に行くことができました。
まずは、熊野神社についての説明です。
「88代目嵯峨天皇の時代に熊野から勧請したと伝えられ、1610年、次いで1756年に再建されました。御祭神は伊弉冊命(いざなみのみこと)、事解男命(ことさかおのみこと)、速玉男命(はやたまおのみこと)の熊野三神、そのほかに医薬の神様・少彦名命(すくなひこなのみこと)、食物の神様・保食命(うけもちのみこと)が祀られており、医療や飲食関係の事業を起こす方にご利益があるとされます。
境内には病苦を癒し苦悩を除く、薬師如来堂もあり、今では珍しい同じ敷地内に神社と寺がある場所でもあります。」【高千穂町ホームページより】
上田原地区にある熊野神社
境内には、薬師如来像も建っています。
熊野神社上宮には、PTA会長 副会長2名 副会長のお父様、お子さん2名、高千穂警察署署長様、そして、案内をしていただいた地元の方と私(田原小校長)の9名で登りました。
登る前に記念写真!! 皆さん、このときは余裕でした・・・
上宮への道はなかなか険しいものでした。登山(?)の様子、上宮の様子は、また、次号でお知らせします。新聞の記事のとおり、壮大なものでした。感動しました!!!
(熊野神社上宮)
収穫された野菜たち
1学期に植えた野菜が大きく育ちました。一部は子ども達に持ち帰らせたものもあったのですが、2学期になって収穫された野菜もありました。
この野菜を給食に使ってもらいました。
自分たちで育てた野菜の味はおいしかったことでしょう。
調理員の方々、毎日おいしい給食をありがとうございます。
食べ頃に育ったキュウリ キュウリはたくさん育ちました。
ナスも大きく育っています。
その他にも、ピーマンやオクラなども育ちました。
今回は、その中からキュウリを「きゅうりとわかめの酢の物」に、ピーマンとナスを「厚揚げと豚肉の味噌炒め」に入れてもらいました。
2学期開始!!
2学期が始まりました。
田原小学校の子ども達は全員元気に登校しました。
夏休み中も、大きな事故や怪我もなく元気に過ごしてくれていたことが窺えます。本当にうれしいことです。2学期は、大きな行事がたくさんありますが、目標をもって元気に過ごしてほしいところです。
保護者の皆様方、地域の皆様方、また2学期もよろしくお願いいたします!!
2学期はじめの8月27日の子ども達の様子です。
6年生は早くも全開モードです!! 詩の学習をしていました。
教頭先生と算数の授業をしています。解き方について真剣に話し合っていました。
ICT、タブレットを使っての算数の授業です。色々な解き方がタブレットに映し出されていました。
夏休みの学習のふり返りをしています。分からないところも丁寧に教えてもらっていますね。
運動会で歌う歌の歌詞を覚えています。もうすぐ運動会ですね。
図画工作科で、トンボの絵を描いていました。もうすぐ秋ですね。
このように、田原小学校は学校が始まり今日で3日目を迎えますが、全員登校が続いています。
2学期も元気にいろんなことに挑戦してほしいですね。
1学期終了
1学期終了
今日で1学期が終了しました。
私が一番うれしかったことは、全員が元気に学校生活を送ってくれたことです。
大きな事故や怪我もなく、全員が小さなゴールを迎えられたことは、本当にうれしいことです。これも、子ども達の学校生活を温かく見守ってくれた、保護者の皆様方、地域の皆様方のおかげだと思っています。本当に感謝です!!
1学期間、ありがとうございました。
これから、長い夏休みを迎えますが、夏休みならではの体験ができればと思っています。
また、2学期、元気な子ども達の姿を待っています!!
1学期の締めくくり 担任の先生から通知表をいただいています。
人形広場
河内郷大橋の高森側の方に地元の人たちが「人形広場」と呼んでいる広場があります。ここには、高千穂に来られる方々を歓迎するかのような、大きな人形が飾られています。一つは、天鈿女命(あめのうずめのみこと)そして、もう一つは手力男神(たぢからおのかみ)です。
どちらも、天岩戸(あまのいわと)神話のなかに出てくる神様です。
須佐之男命(すさのおのみこと)の乱暴を恐れた天照大神(あまてらすおおみかみ)は、天岩戸にこもってしまったそうです。困った神々は、天岩戸から出てもらうために神事を行い、その中で天鈿女命(あめのうずめのみこと)が踊り出したところ、神々が爆笑しました。天照大神が外の様子を不思議に思い、天岩戸を細めに開いたとき、手力男神が手をとって引き出したという神話です。(『古事記』より)
手力男神は、このため筋力の神と称えられ、スポーツの神とされることもあるそうです。
手力男神(たぢからおのかみ)の人形↓
天鈿女命(あめのうずめのみこと)の人形↓ どちらも田原の子ども達を温かく見守ってくれています。
田原周辺の観光地など紹介したマップもあります。高千穂に来た際には是非お寄りください。
田原村役場リニューアル
以前お伝えした、旧田原村役場跡の玄関部分が新しくなりました。建物自体は昭和2年に建てられており、文化庁の登録有形文化財に指定されている、歴史を感じさせる建物です。
以前よりもきれいに、そして存在感のある建物となっています。
このような、歴史を感じさせる建造物は大切にしていきたいものです。
以前の役場跡の玄関の様子はこちら↓
田原小農園
田原小学校では、たくさんの花々が美しく咲いています。
花々だけではなく、野菜なども植えています。
まず、学校近くの地域の方の田んぼをお借りして、稲を植えています。
それぞれの学年でも野菜を植えています。大地の恵みをいただけるのが楽しみです。
全校で田植えをしました。稲が順調に育っています。
キュウリやナス、オクラなども植えています.
このキャベツはモンシロチョウの観察用に育てています。
五ヶ所小学校
前回、紹介した五ヶ所高原から1kmほど大分方面に行ったところに、旧五ヶ所小学校があります。
五ヶ所小学校は、明治8年に開校した歴史のある学校でした。標高も780mあり、(田原小学校は475m)田原小よりさらに300m高いところにあります。児童数減少に伴い、残念ながら平成22年に閉校となりました。今も校舎、運動場は残っており、かつては子ども達の歓声で包まれていた様子が目に浮かびます。
五ヶ所小学校からさらに奥に入ったところに、祖母山の登り口もあり、この地では毎年5月に山開きの神事やイベントも行われているそうです。
ちなみに、ここも田原小学校校区になります。
五ヶ所高原 三秀台②
前回、紹介した五ヶ所高原 三秀台には、ウォルター・ウエストンという方を讃えた碑が建っています。ウォルター・ウエストン氏はイギリス人宣教師であり日本に三度長期滞在し、日本各地の山を登った登山家でもあり、日本アルプスの名付け親でもあるということです。高千穂町にも滞在し、祖母山にも登山し世界に紹介したと言うことで、記念碑が建てられたようです。
五ヶ所高原ではウエストン祭が毎年行われています。ちなみに、このウエストン祭は長野県上高地や新潟県糸魚川市など、全国各地で行われているようです。
また、平和記念碑も建てられており、昭和20年B―29が祖母山付近の親父山に墜落炎上し乗組員12名が亡くなったと言うことです。また、日本兵が操縦する戦闘機、隼もこの高原近くの河内の山中に墜落したと言うことです。日米両国の若い命が戦争によって失われたことを改めて思い、恒久の平和と両国の友好を願いこの碑が建てられたそうです。
このように自然に囲まれた、心安らぐ場所です。
この景観のある場所も田原小学校の校区になります。
五ヶ所高原 三秀台①
五ヶ所高原 三秀台
田原小学校から北東に6kmほど行ったところに、五ヶ所高原 三秀台という大変見晴らしのよい場所があります。
5月21日に行われた、春の遠足では当初はこの場所に歩いて行く予定でした。しかし、宮崎県の緊急事態宣言発令のため場所を変更しての遠足となりました。(当日雨が降ったので、校内遠足になりましたが・・・)
三秀台とは、九州の秀峰「祖母山」「阿蘇山」「久住山」を一望できることから三秀台と呼ばれているそうです。田原小も標高475mと高いのですが、ここは標高約800mとさらに高い場所にあり、絶景ポイントです。
中央に見えるのが祖母山です。
祖母山・・・大分、宮崎、熊本の三県境に位置し祖母傾国定公園の中核
標高 1756m
遠くにかすんで見えているのが久住高原です。空気の澄んでいるときは、もっとはっきり見えます。
中央かすんで見えているのが阿蘇根子岳です。
ここは、何と田原小学校の校区でもあります。
田原小学校は大変広い校区をもっています。
熊野鳴瀧神社上宮
5月23日(日曜日)奉仕作業が行われました。
その後に、熊野鳴瀧神社上宮にPTA三役の方々(PTA会長 副会長2名+子供1名 )そして河内地区の駐在所所長さんと行きました。
かねてから、熊野鳴瀧神社上宮に行ってみたいという話をPTA会長にしていたところ、「奉仕作業の後行きますか」と声をかけていただきました。なかなかな山道、(ほとんどは舗装されていましたが)
2kmほどあがっていったところに、滝と共に熊野鳴瀧神社上宮がありました。
山々の中にたたずむ滝や鳥居の壮観さに感動しました。
滝は厳冬ともなると一本の氷柱となることもあるそうです。その姿も是非見に行きたいところです。
鳥居に歴史を感じます。
一緒に行ってくださった方々です。案内していただきありがとうございました。
熊野神社上宮
2021年5月15日(土曜日)宮崎日日新聞に熊野神社上宮についての記事が記載されました。
見出しも「熊野神社上宮(高千穂田原町) 断崖絶壁に社殿鎮座」
好奇心くすぐる見出しです。
先月、ホームページでも紹介したように、田原小学校がある河内地区には、熊野鳴瀧神社があります。
今回紹介された、熊野神社上宮は田原小学校から高千穂の街の方に向かい3km程移動した上田原地区にあります。記事には「人が登るのも大変な場所に、いつ、誰が、どうやって社殿を建てたのか、詳しいことは分かっておらず謎は深まるばかり」とありました。また、「知る人ぞ知る町中の隠れたパワースポット」と紹介されていました。ただ、「上宮への道中には危険が多く迷いやすいため住民の案内無しに参拝することはできない」ということです。
記事の写真で見る限りでは、すごい場所に社殿が建っています。
田原小学校に勤務する間に是非行って参拝してみたいと感じたところです。
河内郷大橋 (田原バイパス)
田原小学校の運動場から、大きな橋(田原バイパス)が見えます。国道325号線をつなぐこの橋は、正式名称を河内郷大橋といいます。この橋は平成23年12月に竣工しました。この橋ができてから、高千穂の街や高森へ行く時間がかなり短縮できるようになったと地元の方にお聞きしました。
休みの日は通行量も多く、観光や流通のためには欠かせない道のようです。
橋の上から下を眺めると・・・かなりの高さです。足がすくんでしまいました。いったい高さ何メートルあるのでしょう?!
この橋から眺める、田原の町並みそして田原小学校の景色をとても気に入ってます。
熊野鳴瀧神社
熊野鳴瀧神社
田原小学校のすぐ上に、熊野鳴瀧神社があります。
日向地誌によると、旧河内村には三社があり、明治40年にこの三社を中河内神社に合祀し熊野鳴瀧神社と改称したそうです。
石段は282段あり、一気に登ると息が切れます。
途中には、田原のいちょう(昭和26年6月9日 国の天然記念物指定)があります。
熊野鳴瀧神社も田原のいちょうも、田原の人々や田原っ子の安全を静かに見守ってくれています。
田原村役場
田原小学校のすぐ横に現在は使われていない、旧田原村役場の建物があります。この建物は、文化庁の登録有形文化財に指定されており、歴史を感じさせる建物です。
昭和2年に竣工。田原地区は九州中央の宮崎、大分、熊本の県境に位置し、高千穂往還の要諦(ようてい・・・肝心かなめの点)となっていたそうです。当時は荷馬車時代宿場町として栄え、その時代を反映してしょう酒(しょうしゃ・・・すっきりとあかぬけているさま)な建築が建てられたということです。
*高千穂町の説明板より
田原の歴史を感じさせる建物がすぐ横に建つ、素敵な学校です、田原小学校は。
田原の春
田原小学校、校長住宅の玄関には温度計が置いてあります。
4月になり南国宮崎県内はずいぶん春らしくなってきていますが、今週(4月20日)その温度計が(朝5:30時点)-1℃を示していました。その前日は0℃でした。宮崎市から来たばかりの私にとって4月では経験したことのない寒さでした。宮崎市では真冬の気温です。
標高475mに位置する田原小は、朝夕はまだまだ冷え込みます。しかし、昼間は半袖で過ごせる暖かさです。
4年生の理科学習「1日の気温の変化」の観察では、他の地域よりも大きな温度変化を検証できることでしょう。
田原小学校のホームページ
4月17日(土)に令和3年度初めての参観日、PTA総会が行われました。
PTA総会の校長の話の中で、本校のホームページについて話をしました。
「さて、何名の方が田原小学校のホームページをみているでしょう?」
総会の来られていた保護者の皆様に質問してみました。
「500名」「1000名」多い方で「10000名」という答が返ってきました。
「実は4月17日(土)13:00時点で、104987名です。」
驚かれている方々がほとんどです。わずか、40名の学校でこんなにたくさんの方がホームページを見られている、関心の高い学校であることを改めて感じたところでした。
田原の地域と共に地域に根ざした学校を目指したいところです。
ちなみに4月19日(月)朝、そっとホームページを開いてみると、105162名の方が閲覧されていました。この2日間で175名の方見られていたようです。うれしい限りです。