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2016/06/16

大束むかしむかし物語 12 (新谷分校)

Tweet ThisSend to Facebook | by:学校管理者

 今日は梅雨前線の影響で、激しい雨が降っています。

 

 
 さて、いろいろなことは、その当時はよく知られていても、月日とともにいつの間にか忘れ去られていくものです。
 今回は、そんな小さな歴史のひとコマを取り上げます。

 
                    新谷分校

 林業が盛んだった頃、大束地区から都城市に行く途中の地区に、串間営林署大矢取事業所が開設します。
 まだ、木炭も使っていた時代ですから、木材の需要も多かったことでしょう。
 旧串間市立赤池小学校 新谷分校はそれに併せて、昭和24年(1949)に設置されます。
 (ずいぶん以前になりますが、新谷分校の跡地を探したことがあります。その当時でさえ、草木が茂り、正確な場所はよく分かりませんでした。)
 
 しかし、伐採する木材や木炭の需要の減少から、昭和35年(1960)に事業所は閉鎖、山は寂れ始めます。
 
 昭和36年(1961)、この分校に、1人の男の先生が分校主任として赴任してきます。
 学年は異なる上に、教材や教具も不十分だったでしょうが、新谷分校を1人で切り盛りされます。
 子ども達に、よく慕われていたようです。
 また買い物なども、今と比べようがないくらい不自由な生活だったと思いますが、ご夫婦で教員住宅に暮らしておられたようです。


                  新谷分校の学校訪問
 
 それから、5年。細々と伐採が続いてきましたが、とうとう切り出す木材がなくなります。
 そのため、すべての子ども達は、保護者とともに転居することになり、昭和40年度末(1966.3)を最後に、分校の閉校が決定します。
 先生が赴任してきた頃は7人いた子ども達も、閉校直前にはたった3人だけになっています。



 
 閉校式は、昭和41年(1961) 3月28日。





 先生と3人の子ども達は、思い出やこれからの生活のことなどを語りながら、閉校に向けていろいろな準備をしたことでしょう。
 ところが、閉校式直前に思いもかけない出来事が起こります。




 閉校式直前の3月24日、先生が急死されてしまいます。





 
 
 先生がいない中、閉校式が行われます。

 ただでさえ、住み慣れた場所を離れていく3人の子ども達です。
 たった1人の先生を失った悲しみや、寂しさは大きかったでしょう。

 先生の急死は、新谷分校の最後を看取るような出来事のように思えます。
 大束小に残る職員録には、先生の欄に「在職中死亡」と書き加えられています。

 同じ職を持つ者として、地域教育に奮闘された先生に敬意を表したいと思います。
 
 

 
 
10:38